奇病日記 12月1日

今日は急に鯛焼きが食べたくなって、行列に並んだ、行列は嫌いなのだがここの鯛焼きだけは並ぶことにしている。温かい鯛焼きを抱え12月の道を愛犬と店に戻った。

そのきのこさんは、なぞなぞのことなどすっかり忘れている様子で、バッグの中をごそごそさせながらやって来た。私は隙間にどんな意味があるのか聞いてみたくて、答えは隙間でしょと私の方から切り出した。そのきのこさんは鋭い目で私を睨み、人差し指を立ててシッーと言い私の言葉を制した。そして用心深くあたりをみまわし、隙間のことを話すのは今日限りだと言った。隙間と聞いて何を思い浮かべると質問してきた、私は咄嗟に「隙間家具」と言った。そのきのこさんはさっきよりも強く睨み、他にはと言った。「隙間から洩れる月明かり」 と答えたら、そのきのこさんは拍手した、マスターは分解者の中の分解者だと言いなにかメモをとっていた。

そのきのこさんは私たちの住むこの世界にはあちらこちらに隙間があって、その隙間に入ることができたら最高だと思わないかと聞いてきた、私はどう答えたものか分からず、なぜ言葉に出しちゃいけないのか逆に質問した。そのきのこさんはそんなことも分からないのかとういう顔でこう言った。隙間っていうものは,とてもなくなりやすいので、口に出しちゃいけない、口に出した途端、隙間は隙間でなくなってしまうから、運良く隙間をみつけることができても、そっとしておかなくてはいけない、でなければキノコが舞い降りてくれないからと言った。キノコは誰よりも隙間をみつけるのが上手で誰に見せるでもなくキノコの花を咲かせる、そして土の中で死骸や糞尿などを分解してくれる、そっとね、こんなかっこいいことってあるかと言った。「かっこいい」はそのきのこさんの中で最高の褒め言葉のようだった。同じようにキノコは人間にもそっと舞い降りて、きれいなキノコの花を咲かせる、分解もしてくれるし、幸せだって連れてくる、そして奇跡もと言った。タンスのうしろの隙間にも、一言も口に出せずにいたこと、誰にきいてもみつからない答えという心とコトバの隙間にも、あの時なくしてきてしまったなにか、置いてきてしまったなにか、忘れてしまったなにかっていう、心と時間の隙間にも、キノコは舞い降りてくれると言った。

隙間っていうのは、まだ見ぬ世界への入口で、キノコが生えるってことは入口が近いことを示してくれているんだと言った。分解者であるかどうかは隙間というものに対する意識で分かると言った。

そのきのこさんは急にヒソヒソ声になり、今から重要なことを言っておくと言った。さっき隙間家具と言ったが、世界はこの隙間を埋めてしまおうとしていると言いながら、バッグの中身をひっくり返した、私のバッグにさえ隙間はもうないんだと言い、隙間がなくなったらキノコが舞い降りる場所はなくなってしまう、そして人はいっぱいいっぱいになってしまう。もうすぐ飽和の時代がやって来る、事態は相当に深刻だ、急がなければと言い、空のバッグだけを持ち帰って行った。

私は十年前、なにもかもが早すぎる世の中に逆行したくてサラリーマンをやめ、喫茶店を始めたことが許されたような、なにかずっと飲み込めずにいたものがなにか形を変えてゆくような、溶けていくような感覚を覚えた。

どうやら私の元にもキノコは幸せを運んできてくれたらしかった。

今日だけ

Termites Miniature Garden's
今日もたくさんのキノコたちが生まれて
だけど今日という日は
今日だけなんですよね
まっ当り前のことなんですが
キノコはそんなことを気づかせてくれます

奇病日記 11月15日

私はそのきのこさんに知らせたかった。分解者のつくる輪ができたことを、そしてどうして分解者であることが分かったか聞いてみよう、そんなことを考えていた。

そのきのこさんは知ってか知らずか店にやってきた。輪ができたことを告げるとそのきのこさんはニッコリ笑った。
どこで分解者であるか分かったのか尋ねてみた、そのきのこさんは私の手元をじっと見つめた、どうも腕時計を見ているようだった、私の腕時計は放射線状に虹色に区切られている腕時計だった、旅行に行った際どうしても欲しくなって手に入れたものだ、そのきのこさんはゲラゲラ笑いだした、バレバレじゃないかと言って大笑いしている。虹のどこが分解者なのか聞いてみた、そのきのこさんは虹は、まだ見ぬ世界に行こうよって公言しているようなものだと笑いながら言った。訳が分からずポカンとしていると、この時計に吸い寄せられるように出遭えたでしょと言い、虹はミラクルアイテムのひとつだと言い、ミラクルアイテムのことをもう少し説明しておこうと言った。ミラクルアイテムは出遭えるようになっているもので、ミラクルアイテムと人間は互いに呼び合うようになっているので出遭えるんだ、人間にはこの響きあう感覚を誰でも持っているが、この感覚が一番強く残っているのが分解者なんだと誇らしげに言い、きのことミラクルアイテムには時間を戻す作用があるらしい、これは大発見だと言い、コーヒーを左手で回し始めた。左利きだからなのか調子が狂う、そのきのこさんはミルクをコーヒーにポトリと入れた、ミルクのつくるうずまきを見つめながら、きのこが世界の中心だと言った。前にもこんなことがあった様な気がした、時計とは反対にまわるうずまきをぼんやり眺めている私に向って、そのきのこさんはきのこが世界の中心だと3回繰り返した。 

そのきのこさんは、急になぞなぞだと言って、たんすのうしろにもあって、本棚にもあって、スケジュールにもあるものなんだ?と言い、あっ!心細いとき迷っているときにもあるものなんだ?と付けたし帰って行った。 またまた私を惑わすつもりらしい、その手にはのらないぞと思いながら、いつしか答えを探しはじめていた。

店の後片付けを終え、電気を消した、店はいつもより明るかった、なぜだろうと窓の方を見ると月の明かりが、きっちり閉めたはずの戸の隙間から射していた、あっ!!!隙間だ、そうだ隙間だ、あまりにもすぐ答えが出たことに拍子抜けしながら、妙に明るい楕円形の月を眺めていた。だけど隙間がどうしたというんだろう???余計に気になってしまっている自分にもう笑うしかなかった。