奇病日記 10月30日

この前のそのきのこさんとは別人のように、今日は何か言いたげに大きな荷物を抱え店に入ってきた。椅子に座るなり、マスターには分解者がどういうものか説明しておこうと言った。世間ではキノコ病と言っているがと付け足した。どうもそのきのこさんはキノコ病よりも分解者という言葉を気に入っているようだった。

新しい世界の入り口それはキノコとの出遭いの時、正確にはキノコは美しい、キノコが好きだと自覚できた時だと言い、分解者の好きなものは、分解者を中心にきれいな弧を描くのだと言う。キノコとの出遭いによって、今までバラバラに思えた自分の行動、例えば、壁に貼ったままの新聞の切抜きだとか、なぜか鮮明に覚えている言葉であるとか、くり返し聴いていた音楽なんかもそうで、それらは胞子のようだと言い、それらもまたキノコのように地下で菌糸が繋がっているように繋がっている、それぞれが意味を持ち色づき始める、それは胞子が、時間を経てキノコの花を咲かすにそっくりだと言う、自分の好きなものの輪の中心に立ってみると、今まで好きだと思っていたもの達はキノコを誘引するものであることが、そしてそれらがキノコの出現をいまかいまかと待ちわびていたことが分かる、完全にキノコと出遭うことがプログラムされていたことが分かると言うのだ。これを奇跡といわずにいられるかと、そのきのこさんは大声で言った。

急にそのきのこさんは小声になり、この分解者のつくる輪には、独特の癖のような法則があり、今一人で研究しているのだと言った。「ミラクルアイテム」を知っているかと聞いてきた、答える間もなく、ミラクルアイテムそれは私が考えた言葉なのだと自慢げに言い、ミラクルアイテムはキノコを誘引するアイテムのことで服装や身に着けているものといった、目に見えるアイテムの他に、見えないアイテムもあると言う、コトバ、オト、ニオイはキノコととっても仲良しなのだと言い、なにを隠そう、このミラクルアイテムを研究し、潜伏中の分解者を発見し、キノコの花を咲かせることこそが、そのきのこに託された使命なのでありますと言った時、そのきのこさんは椅子の上に立っていた。私は危ないので椅子に座るようにすすめるとそのきのこさんはみるみる不機嫌になった、渋々座ったそのきのこさんの機嫌をとろうとキノコ病は治るんですか?と質問したみた、そのきのこさんの顔にパッと赤味がさした。菌輪はフェアリーリングとも呼ばれていて妖精たちが踊った足跡といわれていて、その輪の中に入った人は出てはこれないのだと嬉しそうに言い残し、はずむような足取りで帰っていった。そのきのこさんは大きな荷物を置いていってしまった、その中には色とりどりのキャンディーやお菓子があふれんばかりに詰まっていた。

私は試してみたくなっていた、私がキノコ病である訳を。気に入っているレコードを並べてみた、それだけではおさまらず、仕事はそこそこに押入れの奥から、30年以上開けていなかったダンボール箱を引っぱり出し、幼少の頃のおもちゃや子供向けの雑誌や絵本などを夢中で探っていた。ふと部屋を見渡すとレコードやビー玉やコンパスや虫めがねなどで作られた弧の中に私は立っていた、窓の外には夕焼けみたいな赤い朝の空がひろがっていた。ひどく懐かしいような、うれしいようなこんなふうな赤い空をいつだったか見たことがあったような気がした。そしたら大きな欠伸がひとつ出た。

kinoko200932 018

キノコ最前線 メリーミルク編


きのこ好きの皆様春はもうすぐですね。
きのこが増殖増殖する様が大好きな方はこういうのもお好きでないでしょうか?

少し見えにくいですが、女の子が手に小さなメリー・ミルクの罐を持っています、そのまた罐の中の女の子が手に罐を持ち、そのまた罐の中の女の子が手に罐を持ち・・・・・つづくつづく・・・ああ不思議!
*詳しくお知りになりたい方は「胡桃の中の世界」澁澤龍彦著をごらんください。

奇病日記 10月15日

今日は3時過ぎに客が途切れた。愛犬と一緒に遅めの買出しに出かける。
大きな神社を抜けるのが私たちのお気に入りのコースだ。
私たちのお気に入りのベンチがある、大きな木の陰になってあまり目立たないので、いつだって私たちの指定席だ。

今日そのきのこさんがやってきた、一番カウンター奥の席に座った、なんだかいつもと様子が違ったような気がした。

今日は私のことを話してもいいですか?と聞いてきたので、私のキノコ病について聞いてみたかったが、いつものそのきのこさんではないような気がして、話を聞くことにした。そのきのこさんは珍しく、ゆっくりと話し始めた。私は小さな時から、探していたんです、探しているというよりは、失くしたものを探していたと言った方が近いのかもしれないと言った、電車の窓からも、人ごみの中でも、ずっと探していた。だけど探している’それ’は、何なのか分からないのだと、そして年々分からなくなってきていた、その’それ’は死ぬまで見つからないのかもしれないとも思っていたと言う、そして誰もが、それと似た感覚を持っているんだろうと思っていたと言う。そんな時、キノコとの出遭いによって、私がずっと探していると思っていた’それ’は、私が探しているんじゃなくて、’それ’が私を探してくれているってキノコが教えてくれたんです、とても大きな大きな力が働いていることを感じることができたのです。探すことやめたら、キノコが’それ’を指すヒントのようなものを、教えてくれるようになったのです。おかしな話でしょう?そう言って、そのきのこさんはうつむいた。こんな私にキノコがご褒美をくれたと言った。それは私に聞きとれないほどの、弱い小さな声だった。

どれくらいの時間だったのだろう、そのきのこさんは器用に左手でスプーンをクルクルとまわしてミルクを入れていた、私は夢でもみるように、ミルクがつくる渦巻きをずっと見ていた。