苔いちめんに、霧がぽしゃぽしゃ降って、蟻の歩哨は鉄の帽子のひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大きな羊歯の森の前をあちこち行ったり来たりしています。向むこうからぷるぷるぷるぷる一ぴきの蟻の兵隊が走って来ます。
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蟻ときのこ
歩哨は剣をかまへて、ぢつとそのまつしろな太い柱の、大きな屋根のある工事をにらみつけてゐます。
それはだんだん大きくなるようです。だいいち輪郭のぼんやり白く光つてぶるぶるぶるぶる顫えてゐることでもわかります。
俄かにぱつと暗くなり、そこらの苔はぐらぐらゆれ、蟻の歩哨は夢中で頭をかかへました。眼をひらいてまた見ますと、あのまつ白な建物は、柱が折れてすつかり引つくり返ってゐます。
蟻の子供らが両方から帰ってきました。
「兵隊さん。溝はないそうだよ。あれはきのこというものだって。何でもないって。アルキル中佐はうんと笑ったよ。それからぼくをうんとほめたよ」
「あのね、すぐなくなるって。地図にいれなくてもいいつて。あんなもの地図に入れたり消したりしてゐたら、陸地測量部など百あつても足りないつて。おや!引つくりかえつてら」
「たつたいま倒れたんだ」。歩哨は少しきまり悪さうに云いました。
「なあんだ。あつ。あんなやつも出て来たぞ」
向ふに魚の骨の形をした灰色のおかしなきのこが、とぼけたやうに光りながら。枝がついたり手が出たりだんだん地面からのびあがつて来ます。二疋の蟻の子供らは、それを指さして、笑つて笑つて笑ひます。
ひとつのつぶやきより
ひとつのつぶやきがポンって目の前に置かれるみたいにかんじることがあります。
引用させてもらいます。
手で本を作って今何ができるのか、ずっと考えてる。でも本のちからは変わらない。ここにある、賢治のことばに打たれた
どうか今のご生活をお護り下さい。
上のそらでなしに、
しっかり落ちついて、
一時の感激や興奮を避け、
楽しめるものは楽しみ、
苦しまなければならないものは苦しんで
生きて行きましょう。
(宮沢賢治『あたまの底のさびしい歌』より)
さるのこしかけ
こざる こざる、
おまえのこしかけぬれてるぞ、
霧、ぽっしゃん ぽっしゃん ぽっしゃん、
おまえのこしかけくされるぞ。