秋のにおいがする、今日も愛犬と店の買出しに出かける。私の住むこの町にはあちらこちらに猫がいるが、私の犬は老犬で、猫の姿を見てもほえたりすることもなくなった。散歩の最後に昔からある煎餅屋にたち寄る。煎餅が入っている丸い瓶、これが大好きだ。最近知ったが「地球瓶」というらしい。適当に家族へのみやげを選び、私は地球瓶越しに町を眺める。地球瓶越しの町は少し歪んでいつもの町が不思議な町に変わる。

またあの女がやって来た。西日の射す椅子に座ったかと思うといきなり直立し、この間はいきなり話してすみませんでしたと深々とおじぎをした。私は申し遅れましたがそのきのこといいます。おかしな名前だと思ったがとても真剣なので笑わずにいた。「私は初対面の人に自分からあのように話かけることはめったにないのだ」といった。私はそれはなぜか本当のような気がした。私のことを有望だといったのはどういうことなのかと質問してみた。そのきのこさんはそらきたとばかりに話し始めた。この世界の生き物を生産者、消費者、分解者という三つに分けることが出来るのはご存知だと思うが、きのこが分解者だとういうことは知っているかと私に尋ねた。しかし私が答えるのを待たず、人間も生産者、消費者、分解者という三種類に分けることができ、私は分解者に属しているのだと言った。マスターは間違いなく分解者なので教えてあげようと思ったのだと言う。今分解者が時代に求められていて、一番かっこいいのだと得意げにいいながら、かばんから本を取り出し、あるページを開けてみせた。

それはきのこが輪になって生えている写真だった。「どうですか?」と聞いてきたので「不思議な写真ですね」と答えると珍しく黙ってうなずいている。少し間をおいて、
「不思議という言葉は、もともとは無限からきているらしいのです。要するにきのこは無限ということなのです。このキノコの輪を菌輪といって菌輪はキノコの示してくれるヒントのひとつなんです。きのこの歴史は、人間よりも深くて長くて、私達が生命の根源のようなものを感じるのはもっともなんです。菌輪は見えない地下でしっかり菌糸によって繋がれているんです。」
どんどんと早口になりながら、先日と同様に私に向かって話しているわりにはこちらが呆気にとられていることを全く気にしないで話しつづけた。ひとしきり話し満足したのか、またろくな挨拶もなく帰っていった。さっきのキノコの輪の本と、サンドイッチに使って下さいとキノコ柄の紙ナプキンがカウンターに残された。

やはりどうしてもあの女の話は論理の運びが支離滅裂で理解ができない。ただ、話で出てくる言葉のところどころに興味を持ち始め、もっと話が聞きたいと思い始めている私がいた。私は残されたキノコの本をめくり、キノコが世界で最大の生物だと知った。そしてたくさんの種類のキノコがあることも知った。そしてきのことはこんなにも美しいものであることを知った。