奇病日記  10月1日

歩道の木が少しずつ秋色になってきた。この町は玄関先に鉢植えを置いている家が多い。私の店先にも鉢植えを置いている。よく見るとほっそりしたキノコが3本生えていた。
身近にいるものなのだと、しげしげと見入っていると、いつの間にか音もなくそのきのこさんが私の後ろに立っていた。そのきのこさんは、今日はマスターの本当の意味でのお誕生日だ、お祝いだと言って、私より先に店に入っていった、カウンターにかばんの中身をひっくり返し、なにかを探している。見てはいけないと思いいつつ、目をやると、おもしろいことに、そのきのこさんの財布からハンカチにいたるまで、全部がキノコなのだ。

さっきマスターはキノコを見つけたのでなく、キノコに呼ばれたのだ、キノコの声なき声を聞いたのだ、マスターはキノコに選ばれたんです、それはマスターが、特別な存在だからです、と早口で言い、あったあったと、私を店の中央に促した、訳も分からず私は直立した、するとそのきのこさんは、神妙な顔で私の周りを中腰でくるくると廻り始めた、なにか小さな声でぶつぶつ言っている。私はおかしいのを必死でこらえていた、するとそのきのこさんは、勝手にカウンターに上にのり、金メダルでもかけるかのように、恭しい調子で私の首になにかをかけた。おめでとうございますと言ったみたいだった。

すると突然今日はホットにします、と真っ当なことを言ったので、私もなんとかカウンターに戻った。私の胸元にかけられているのは、どうもネックレスのようだった。そのきのこさんは、恥ずかしそうにさっきのは菌輪の舞だ、自分で考えたのだと言った。キノコが幸せをつれて来るという言い伝えは聞いたことはあるかと尋ね、また答えを聞かず、キノコが生えると、土が肥沃になり、豊作をもたらす所からきているらしいが、キノコが連れて来る幸せは、幸せという言葉では、到底表現できない程のものを連れて来ると、そのきのこさんは言った。私一人では、その幸せを持ちきれないので、みんなに分けてあげたいと言う。キノコに選ばれし者達は、なにかしらキノコの魅力を拡げる活動を行う、なぜなら、みんなも幸せを一人では、持ちきれないから分けてあげる活動するんだと誇らしげに言った。
そのきのこさんは遠い目をして、世間は私のことをキノコ病という。それは仕方ない、しかし偉大な芸術家、革命家はどうだろう?あまりにもはやく生まれたことで、おかしいと言われてきた。それと同じだと思えばいい、それこそが分解者の使命だ、時間が解決するだろう。心配はしなくていいからと自信に満ちた顔で帰っていった。

私の胸のネックレスはどうやらキノコらしかった。そのきのこさんの、おめでとうございますの意味、そしてあの菌輪の舞は、私がキノコ病になったお祝いだったということが分かったのは、そのきのこさんが帰ってから随分が経ってからのことだった。

不思議なことにキノコ柄のナプキンにしてから、サンドイッチの評判はよく、サンドイッチは人気メニューになりつつあった。

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奇病日記 9月17日

秋のにおいがする、今日も愛犬と店の買出しに出かける。私の住むこの町にはあちらこちらに猫がいるが、私の犬は老犬で、猫の姿を見てもほえたりすることもなくなった。散歩の最後に昔からある煎餅屋にたち寄る。煎餅が入っている丸い瓶、これが大好きだ。最近知ったが「地球瓶」というらしい。適当に家族へのみやげを選び、私は地球瓶越しに町を眺める。地球瓶越しの町は少し歪んでいつもの町が不思議な町に変わる。

またあの女がやって来た。西日の射す椅子に座ったかと思うといきなり直立し、この間はいきなり話してすみませんでしたと深々とおじぎをした。私は申し遅れましたがそのきのこといいます。おかしな名前だと思ったがとても真剣なので笑わずにいた。「私は初対面の人に自分からあのように話かけることはめったにないのだ」といった。私はそれはなぜか本当のような気がした。私のことを有望だといったのはどういうことなのかと質問してみた。そのきのこさんはそらきたとばかりに話し始めた。この世界の生き物を生産者、消費者、分解者という三つに分けることが出来るのはご存知だと思うが、きのこが分解者だとういうことは知っているかと私に尋ねた。しかし私が答えるのを待たず、人間も生産者、消費者、分解者という三種類に分けることができ、私は分解者に属しているのだと言った。マスターは間違いなく分解者なので教えてあげようと思ったのだと言う。今分解者が時代に求められていて、一番かっこいいのだと得意げにいいながら、かばんから本を取り出し、あるページを開けてみせた。

それはきのこが輪になって生えている写真だった。「どうですか?」と聞いてきたので「不思議な写真ですね」と答えると珍しく黙ってうなずいている。少し間をおいて、
「不思議という言葉は、もともとは無限からきているらしいのです。要するにきのこは無限ということなのです。このキノコの輪を菌輪といって菌輪はキノコの示してくれるヒントのひとつなんです。きのこの歴史は、人間よりも深くて長くて、私達が生命の根源のようなものを感じるのはもっともなんです。菌輪は見えない地下でしっかり菌糸によって繋がれているんです。」
どんどんと早口になりながら、先日と同様に私に向かって話しているわりにはこちらが呆気にとられていることを全く気にしないで話しつづけた。ひとしきり話し満足したのか、またろくな挨拶もなく帰っていった。さっきのキノコの輪の本と、サンドイッチに使って下さいとキノコ柄の紙ナプキンがカウンターに残された。

やはりどうしてもあの女の話は論理の運びが支離滅裂で理解ができない。ただ、話で出てくる言葉のところどころに興味を持ち始め、もっと話が聞きたいと思い始めている私がいた。私は残されたキノコの本をめくり、キノコが世界で最大の生物だと知った。そしてたくさんの種類のキノコがあることも知った。そしてきのことはこんなにも美しいものであることを知った。

奇病日記を読んで頂くにあたって

そのきのこでは、キノコ病というこの奇妙で不思議な、そして魅力的な病気を、なんとか文章で形にできないものかと奇病日記を始めることにしました。キノコ病を患っておられる患者、いえ、勇者の方たちとの出遭い、キノコ病に関するエントリーに頂いたコメント、助言などがきっかけになりましたことを、深く感謝しております。引き続きそのきのこを宜しくお願い致します。

奇病日記 9月3日

朝夕ずいぶん過ごしやすくなってきた。冬生まれのせいだろうか、私は夏が苦手だ。私ははこの時期から毎年活動的になる。今日は夏から試行錯誤してきたサンドイッチが完成した。スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチは予想以上の出来栄えだ。全てがうまく進んでいたんだ。あの女が来るまでは。

客が途切れた夕方あの女が入ってきた。西日の射す椅子に座った時思い出した。たしか2週間程前に一度来たことがあったはずだ。女はアイスコーヒーとサンドイッチを注文し、カウンターに飾ってある私の一番好きな絵葉書を見て「これ私も大好き」ときわめて自然な笑顔で話しかけてきた。私はつい油断して、必要以上に大げさな笑顔を返してしまった。あれがいけなかった。アイスコーヒーのグラスを用意する私の背中に向かって、女は待ってましたとばかりに話し始めた。
「人間というものは大体3種類に分けることがでるんですよ。この絵を飾っておられるということはマスターは大変に有望です。」
3種類???有望???何の話かさっぱり理解できないでいる私の困惑に気づいているのかいないのか、女はサンドイッチを食べながら一方的に話し続け、最後の一切れを食べ終え、これといった挨拶もないまま帰ってしまった。しかもアイスコーヒーを飲んでいない。なんだ、あの女。占い師なのか、なにかの勧誘なのか。どのような感情を抱いてよいのかさえも分からない私は、窓越しに赤く染まりつつある夏の終わりの空をぼんやりと眺めていた。

奇病日記のはじまり

 それは今をさかのぼること16年前、その年日本中を何年か振りの猛暑が襲っていた。私の営む喫茶店は、寺院や墓地などが点在する坂の多い街にあり、高台からは高層ビルの見える位置にありながら、ゆっくりとした時間の流れる閑静な住宅街にあった。夏の終わりの夕方、一人の女性客が入ってきた。誰も客がいないのをいいことに、私の趣味であるジャズをいつもより少し音量を上げていたのを思い出し音量を下げた。女性客はよりによって一番西日の射す背もたれのない椅子に座りアイスコーヒーを注文した。長年このような仕事をしていると人の特徴を覚えるのが得意になってきたりもするが、その日は古くからの友人に頼まれていた仕事におわれ寝不足が続いていていたこともあり、今となってはその女性客と私の最初の出会いは印象の薄いものでしかない。その女性客と初めて出逢った日、それは同時に私ときのこ病患者の初めての出遭いの日でもあり、そしてまちがいなく私の中の奇妙な扉が開いてしまった日でもある。その女性客の名はそのきのこという。(つづく)